近現代

農奴解放令 ― アレクサンドル2世の大改革

🇷🇺ロシア

1861年3月3日(ロシア暦2月19日)、皇帝アレクサンドル2世が農奴制の廃止を告げる勅令(解放令)に署名した。1858年の人口調査で約2,300万人を数えた領主農奴が人格的な自由を認められ、売買や領主裁判権の対象ではなくなった。改革の直接の契機はクリミア戦争(1853〜56年)の敗北で、農奴制に依存した社会・軍制の後進性が露呈したことにあり、皇帝は「下から廃止されるのを待つより上から廃止するほうがよい」と貴族に語ったと伝えられる。もっとも解放は無償ではなく、農民が割当地を得るには買戻し金の支払いが必要で、政府が地主へ代金を立て替え、農民が長期の年賦で償還する仕組みがとられた。買戻しの手続きが済むまでは「一時的義務を負う農民」として賦役や貢納が続き、土地はミール(村共同体)に与えられて連帯責任で納付されたため、移動の自由は事実上制限されたままだった。割当地は従来の耕作地より狭められる例が多く、期待を裏切られた農民の騒擾が各地で起きている。それでも解放令はゼムストヴォ(地方自治機関)の設置、司法改革、国民皆兵制の導入と続く一連の「大改革」の出発点となり、労働力の移動を通じてロシアの工業化を準備した。買戻し金は1905年の革命を受けて1907年に廃止された。

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