中世
黒死病(ペスト)の流行
🇬🇧イギリス
中央アジアから地中海世界を経てヨーロッパに広がったペスト(黒死病)がイングランドを襲い、社会構造を大きく変えた。1348年夏、南西部のドーセット沿岸から上陸したとされる疫病は秋にはロンドンに達し、1349年には各地で猛威をふるって北のスコットランドやアイルランドにも及んだ。当時の医学では原因が分からず、瀉血や祈祷、都市からの避難などが行われたが有効な対策はなく、イングランドの人口はこの流行で3分の1から半分近くが失われたと推定される。修道院や教区聖職者の被害も大きく、聖職者の質の低下や教会権威への懐疑を招いた。深刻な労働力不足は賃金の急騰をもたらし、国王エドワード3世は1349年の労働者勅令と1351年の労働者規制法で賃金を疫病以前の水準に抑えようとしたが効果は乏しかった。農民は好条件を求めて移動し、賦役に代えて貨幣地代を納めるようになって農奴制は衰退に向かう。こうした不満は人頭税への反発と重なり、1381年のワット・タイラーの乱の一因となった。ペストはその後も14世紀後半から17世紀にかけて断続的に再来し、1665年のロンドン大疫病に至るまでイギリス社会に影響を残した。