中世
カレル4世によるプラハ大学の創設
🇨🇿チェコ
ボヘミア王にして後の神聖ローマ皇帝カレル4世(カール4世)が、1348年にプラハ大学(カレル大学)を創設した。アルプス以北・中央ヨーロッパでは最古の大学であり、教皇クレメンス6世の勅書と国王の設立特許状にもとづき、神学・法学・医学・自由学芸の4学部を備えた総合大学として発足した。ルクセンブルク家のカレル4世はボヘミア王(在位1346〜1378年)と神聖ローマ皇帝(戴冠1355年)を兼ね、プラハを帝国の実質的な首都と位置づけて、ヴルタヴァ川に架かるカレル橋、新市街(ノヴェー・ミェスト)、聖ヴィート大聖堂の造営など大規模な都市整備を進めた。1356年には金印勅書を発布して皇帝選出の手続きを定め、ボヘミア王を七選帝侯の筆頭に位置づけている。プラハ大学はやがてヤン・フスら改革派の活動の場ともなり、1409年のクトナー・ホラ勅令によってチェコ人優位の運営に改められると、多くのドイツ人教師・学生がライプツィヒなどへ移ってそれぞれの地に新しい大学を生んだ。