戦国の乱世に翻弄されながらも、三河の弱小大名から天下人へと上り詰めた徳川家康の生涯を描く。桶狭間の戦い、三方ヶ原の戦い、本能寺の変、関ヶ原の戦い、大坂の陣など、歴史の転換点を次々と乗り越えていく家康の決断と苦悩の物語。
三河の弱小大名・松平元康(のちの徳川家康)は、今川義元の人質として幼少期を過ごす。桶狭間の戦いで義元が討たれたことを機に独立を果たすも、そこから待ち受けていたのは数々の苦難だった。
武田信玄との三方ヶ原の戦いでは大敗を喫し、盟友・織田信長の死(本能寺の変)に直面する。豊臣秀吉の台頭を経て天下の覇権を握り、関ヶ原の戦いで勝利。しかし大坂の陣で豊臣家を滅ぼすまで、家康の苦悩は続く。
「どうする?」と問い続けられた男が、いかにして260年の太平の世を築いたのか。松本潤主演で描かれた、新しい家康像。
幼少期を今川家の人質として過ごした松平元康。1560年、桶狭間の戦いで義元が討たれ、三河への帰還と独立を果たす。
信長との清洲同盟を結び、東の武田信玄に対抗。長篠の戦いでは信長と連合して武田軍を撃破。三河・遠江の支配を固める。
1582年、本能寺の変で盟友・信長を失う。伊賀越えの危機を乗り越え、その後は台頭する豊臣秀吉との駆け引きが始まる。
秀吉の死後、石田三成との対立が深まり、1600年の関ヶ原の戦いで天下分け目の決戦を制する。
征夷大将軍となり江戸幕府を開くも、豊臣家の存在は脅威であり続ける。大坂冬の陣・夏の陣を経て、260年の泰平の礎を築く。
ドラマでは泣き虫で臆病な青年として描かれた家康ですが、史実でも三方ヶ原の敗戦で脱糞したという逸話が残っています。ただし、これは後世の創作という説も有力です。
ドラマでは信長と家康が対等な友人として描かれましたが、実際の清洲同盟は信長が上位で家康が従属する関係だったとされています。家康が真に独立した判断をできるようになったのは本能寺の変以降です。
天下分け目の大戦として描かれた関ヶ原の戦いですが、実際の本戦はわずか6時間程度で決着がついたとされています。小早川秀秋の裏切りが勝敗を決定的にしました。
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