近世1534年 〜 1582年
織田信長
別名: 信長・おだのぶなが
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・大名。尾張国(現・愛知県)の織田氏に生まれ、1560年の桶狭間の戦いで駿河の今川義元を破って頭角を現した。足利義昭を奉じて上洛したのち対立し、1573年に義昭を追放して室町幕府を事実上滅ぼした。比叡山延暦寺の焼き討ちや一向一揆との戦いで宗教勢力を抑え、1575年の長篠の戦いでは鉄砲を組織的に用いて武田勝頼を破ったとされる。安土城を築き、楽市楽座による経済振興や関所の撤廃など革新的な政策を進めたが、天下統一を目前にした1582年、本能寺の変で家臣・明智光秀に討たれた。なお、楽市令は近江の六角氏などに先例があり、長篠の戦いの「鉄砲三段撃ち」も江戸時代の軍記物に由来する創作とみる説が有力になるなど、近年は「革新者」としての信長像の見直しが進んでいる。宣教師ルイス・フロイスは『日本史』に信長の人柄を詳しく書き残した。同じ頃ヨーロッパでは1571年にレパントの海戦が起き、スペインを中心とする連合艦隊がオスマン帝国の海軍を破っている。