近世
日米修好通商条約と安政の五カ国条約
🇯🇵日本
1858年7月29日(安政5年6月19日)、大老井伊直弼が孝明天皇の勅許を得られないまま、ハリス米国総領事との間で日米修好通商条約を独断調印。神奈川(横浜)・長崎・新潟・兵庫の開港、自由貿易、領事裁判権(治外法権)、協定関税(日本に関税自主権なし)を規定する不平等条約だった。同年中にオランダ・ロシア・イギリス・フランスとも同内容の条約を締結し、これらをまとめて安政の五カ国条約と呼ぶ。条約勅許問題は朝廷と幕府の関係を決定的に悪化させ、尊王攘夷運動の理論的根拠となった。関税自主権回復は1911年、領事裁判権撤廃は1894年(日英通商航海条約)まで持ち越され、明治政府の最大外交課題となる「条約改正」問題の起点となった。