近世

ソコト・カリフ国の成立

🇳🇬ナイジェリア

18世紀末の西アフリカ内陸部では、カノ・カツィナ・ゴビルなどのハウサ諸王国がニジェール川流域からチャド湖西方にかけて分立し、農耕とサハラ縦断交易で栄えていた。一方、この地域に広く住むフラニ(フルベ)系のイスラム学者たちは、支配層が課す不当な税やイスラム以前からの慣習との混交を批判していた。カーディリー教団に属する学者ウスマン・ダン・フォディオはゴビル王国で説教を重ねて多くの支持者を得たが、王権との対立が深まり、1804年に支持者とともにグドゥへ移住(ヒジュラ)してジハードを宣言し、「信徒の長(アミール・アルムーミニーン)」を称した。運動は急速に広がり、数年のうちにカノ、カツィナ、ザリアといったハウサ諸国の主要都市が制圧された。征服地には首長(アミール)が置かれて緩やかな連邦的構造がとられ、1809年にウスマンの子ムハンマド・ベロが新たな都ソコトを建設した。ソコト・カリフ国は19世紀のアフリカで最大級の国家となり、イスラム法に基づく統治のもとでアラビア語やハウサ語による学問が興隆し、この地域のイスラム化が大きく進んだ。1903年にイギリス軍がソコトを占領して国家としては終わったが、ソコトのスルタンはその後もナイジェリアのムスリムの精神的指導者として位置づけられている。

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