近世1754年 〜 1817年

ウスマン・ダン・フォディオうすまんだんふぉでぃお

別名: ウスマーン・ダン・フォディオ・ウスマン・ダンフォディオ・シェフ・ウスマン・Usman dan Fodio・Uthman ibn Fudi

ソコト・カリフ国の創始者で、西アフリカのイスラム改革運動を代表する学者・指導者。1754年、ハウサ諸国の一つゴビル王国のマラッタに、フラニ(フルベ)系のイスラム学者の家に生まれた。アラビア語と法学・神学を修め、カーディリー教団に属する学者としてハウサ地域を巡回して説教を行い、多くの門弟と支持者を集めた。彼は支配層が課す不当な税やイスラム以前からの慣習との混交を批判し、イスラム法(シャリーア)に基づく統治を説いた。ゴビル王権との緊張が高まった1804年、支持者とともに西方のグドゥへ移住(ヒジュラ)し、ジハードを宣言して「信徒の長(アミール・アルムーミニーン)」を称した。運動はフラニ系の牧畜民やハウサの民衆の支持を得て急速に広がり、数年のうちにカノ、カツィナ、ザリアなどハウサ諸国の主要都市が制圧された。ウスマン自身は軍事と行政の実務を弟のアブドゥッラーヒと子のムハンマド・ベロに委ね、著述と教育に力を注いだ。支配領域はやがて東西に分けられ、西はグワンドゥのアブドゥッラーヒが、東はソコトのムハンマド・ベロが統轄した。アラビア語・フルフルデ語・ハウサ語で多数の著作を残し、1817年にソコトで没した。彼が創始したソコト・カリフ国は1903年のイギリスによる占領まで存続し、その思想と改革運動は19世紀の西アフリカ各地に広がった同種の運動にも影響を与えた。

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