近現代
ストロエスネル政権の成立
🇵🇾パラグアイ
1954年5月4日、陸軍総司令官アルフレド・ストロエスネルがクーデタでフェデリコ・チャベス大統領を退陣させ、同年7月の選挙を経て8月15日に大統領に就任した。以後、コロラド党を唯一の与党とする体制のもと、非常事態条項(戒厳令)をほぼ恒常的に更新して反対派を抑圧し、1989年まで8期35年にわたって政権を維持した。これは当時の南米で最も長い個人統治のひとつである。冷戦下では反共の立場から米国の支援を受け、1970年代には南米各国の軍事政権が反体制派の弾圧で協力した「コンドル作戦」に加わった。経済面ではブラジルとの共同事業であるイタイプ・ダム(1973年条約締結、1984年発電開始)の建設が大きな成長をもたらしたが、汚職と密輸の横行も問題とされた。1989年2月2日から3日にかけて、義理の親族でもあるアンドレス・ロドリゲス将軍がクーデタを起こして政権は崩壊し、ストロエスネルはブラジルへ亡命した。この政変を機にパラグアイは民主化へ向かい、1992年に新憲法が制定された。