近現代1912年 〜 2006年
アルフレド・ストロエスネル
別名: ストロエスネル・Alfredo Stroessner
パラグアイの軍人・政治家で、1954年から1989年まで大統領を務めた。1912年11月3日、アルゼンチン国境に近い南部の都市エンカルナシオンに、ドイツ系移民の父とパラグアイ人の母のもとに生まれた。16歳で陸軍士官学校に入り、1932年からのチャコ戦争に砲兵将校として従軍して頭角を現した。1947年の内戦では政権側について戦い、その後は昇進を重ねて1951年に陸軍総司令官となる。1954年5月4日、フェデリコ・チャベス大統領をクーデタで退陣させ、コロラド党唯一の候補として選挙に臨んで同年8月15日に大統領へ就任した。以後、戒厳令の反復更新と憲法改正による再選規定の緩和によって8期35年にわたり政権を維持し、軍・コロラド党・行政機構を一体化した統治体制を築いた。冷戦下では強い反共姿勢を掲げて米国の支援を受け、1970年代には南米の軍事政権が反体制派の弾圧で協力した「コンドル作戦」に加わった。長期政権下では反対派の投獄や国外追放が広く行われた一方、ブラジルとの共同事業イタイプ・ダムの建設は大きな経済成長をもたらした。1989年2月、義理の親族でもあるアンドレス・ロドリゲス将軍のクーデタによって失脚し、ブラジルへ亡命。2006年8月16日、ブラジリアで死去した。