近現代1903年 〜 1990年

トゥンク・アブドゥル・ラーマン

別名: アブドゥル・ラーマン・Tunku Abdul Rahman・トゥンク

マラヤ連邦の初代首相であり、マレーシア建国の中心人物。1903年、マレー半島北部ケダ州のアロースターに、スルタン・アブドゥル・ハミド・ハリムの子として生まれた。イギリス留学中にケンブリッジ大学で学び、のちにロンドンの法曹院インナー・テンプルで法廷弁護士の資格を得て、帰国後は植民地行政官・検察官として勤務した。1951年に統一マレー人国民組織(UMNO)の総裁に就任すると、マレー人・華人・インド系の政党が連携する連盟党(アライアンス)を組織し、1955年の連邦立法議会選挙で圧勝して首席大臣となった。ロンドンでの独立交渉を主導し、1957年8月31日のマラヤ連邦独立を実現して初代首相に就任、「独立の父(バパ・クメルデカアン)」と呼ばれた。1963年にはシンガポール・サバ・サラワクを加えたマレーシアの結成を実現したが、インドネシアとの対決(コンフロンタシ)や連邦内の対立を抱え、1965年にはシンガポールが分離・独立した。1969年5月13日の民族衝突事件のあと政治的影響力は低下し、1970年9月に首相を退いた。同時期にイスラム諸国会議機構(OIC)の初代事務局長も務め、退任後は言論活動を続けて1990年に死去した。

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