中世1338年 〜 1391年
トヴルトコ1世
別名: トヴルトコ1世コトロマニッチ・Tvrtko I Kotromanić・Stjepan Tvrtko I
中世ボスニアの君主で、初代ボスニア王(バン在位1353〜1377年、王在位1377〜1391年)。1338年頃、コトロマニッチ家に生まれ、伯父にあたるバン・ステファン2世の死後、少年で家督を継いだ。当初は国内の有力貴族の反抗とハンガリー王ラヨシュ1世の圧力に苦しみ、一時は国外へ逃れたが、1360年代後半に権力を固め、フム(後のヘルツェゴビナ)や東方のドリナ川流域へ支配を広げた。1377年、セルビアのネマニッチ朝と姻戚関係にあることを根拠に王位に就き、「セルビア人、ボスニア、沿岸地方および西方諸地の王」を称した。ラヨシュ1世の死後はダルマチアの諸都市やクロアチアにも影響力を及ぼし、ボスニアは中世を通じて最大の版図に達した。1382年にはアドリア海沿岸に新都市ノヴィ(現ヘルツェグ・ノヴィ)を建設して塩の交易に関与し、1389年のコソボの戦いにはセルビア側を支援する部隊を派遣した。1391年に没し、その後ボスニアでは有力貴族の割拠が進んで王権は弱体化した。