中世1336年 〜 1405年
ティムール
別名: タメルラン・ティムール・レング・Timur・Tamerlane
中央アジアに興ったティムール朝の創始者。現在のウズベキスタン南部ケシュ(シャフリサブス)近郊で、トルコ化したモンゴル系のバルラス部の家に生まれた。チンギス・ハンの直系子孫ではなかったため「ハン」を名乗らず、チンギス家の血を引く女性を妻に迎えて「グルカン(婿)」の称号を用い、傀儡のハンを立てて実権を握るという形をとった。1370年にマー・ワラー・アンナフル(トランスオクシアナ)を掌握してサマルカンドを都と定め、以後30年以上にわたり遠征を続けた。イランやイラクを制圧し、キプチャク・ハン国のトクタミシュを1391年と1395年の戦いで破って同国を弱体化させ、1398年には北インドに侵入してデリーを攻略した。1400年から翌年にかけてシリアのダマスクスやバグダードを攻め、1402年のアンカラの戦いではオスマン帝国のバヤズィト1世を捕虜とし、拡大期のオスマン帝国を一時的な混乱に陥れた。征服の過程では都市の徹底的な破壊と殺戮も行われた一方、各地から集めた職人によってサマルカンドにビビ・ハニム・モスクなどの壮麗な建築が造営され、ペルシア語文化とトルコ系の伝統が融合した「ティムール朝ルネサンス」と呼ばれる文化的隆盛の基礎が築かれた。1405年、明への遠征に向かう途上のオトラルで病没し、遺体はサマルカンドのグーリ・アミール廟に葬られた。子のシャー・ルフや孫のウルグ・ベクが王朝を継ぎ、子孫のバーブルは16世紀の北インドでムガル帝国を建てた。