中世

エチオピア・アダル戦争 ― アフマド・グラニュの侵攻

🇪🇹エチオピア

紅海南方のアダル王国を率いたイマーム、アフマド・イブン・イブラーヒーム・アル=ガーズィー(通称グラニュ=「左利き」)が、キリスト教国エチオピアへ本格的な侵攻を開始した戦争。1529年のシンブラ・クレの戦いで皇帝レブナ・デンゲルの軍を破り、以後十数年にわたってエチオピア高原の大半を制圧した。アダル側はオスマン帝国から火器の供給を受け、エチオピア側は1541年、マサワに上陸したクリストヴァン・ダ・ガマヴァスコ・ダ・ガマの子)率いる約400人のポルトガル銃兵隊の支援を得た。ダ・ガマは1542年に捕らえられて処刑されたが、翌1543年のワイナ・ダガの戦いで皇帝ガラウデウォスの軍がアダル軍を破り、アフマドは戦死して侵攻は終わった。戦火により多数の教会や写本が失われ、双方が疲弊した16世紀半ば以降、南方からオロモ人の北上・定着が進んだ。

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