近現代

相沢事件 ― 永田鉄山斬殺

🇯🇵日本

1935年8月12日、陸軍皇道派の相沢三郎中佐が陸軍省内で軍務局長・永田鉄山少将を軍刀で斬殺した事件。永田は陸軍中枢を握る統制派の中心人物で、総力戦体制の構築と人事による皇道派排除を主導していた。同年7月の真崎甚三郎教育総監更迭を皇道派は永田の策謀と断じ、台湾赴任直前だった相沢が抗議のため上京・斬殺に及んだ。公然たる陸軍省内での殺人という異常事態で、皇道派と統制派の抗争が決定的に表面化した。相沢の公判が公開審理となり、皇道派将校が世論動員を図ったことが、翌1936年の二・二六事件の直接的引き金となる。相沢は二・二六事件中の1936年7月に処刑された。

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