中世

アスキア・ムハンマド1世の即位とソンガイ帝国の最盛期

🇲🇱マリ

1492年にソンガイ帝国の王ソンニ・アリーが死去すると、後を継いだ子のソンニ・バールに対し、将軍のムハンマド・トゥーレが反旗をひるがえした。1493年、ガオ近郊のアンファオの戦いで勝利したムハンマドは王位に就き、「アスキア」の称号を用いてアスキア朝を開いた。イスラムを統治の柱に据え、征服地を州に分けて総督を置き、常備軍とニジェール川の水軍を整備するなど、中央集権的な統治機構を整えた。1496年から1498年にかけてメッカ巡礼を行い、カイロで西スーダン(ビラード・アッ=スーダーン)の統治を認める称号を与えられたと伝えられる。トンブクトゥやジェンネのイスラム学者を保護し、サンコーレのモスクを中心とする学問活動が最盛期を迎えた。帝国はニジェール川中流域からサハラ南縁に広がり、金と岩塩のサハラ縦断交易を掌握して西アフリカ最大の版図に達した。アスキア・ムハンマドは1528年に子のムーサによって退位させられ、1538年に没した。その墓とされるガオのアスキア墳墓は、2004年にユネスコの世界遺産に登録されている。

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