イベント 15件 / 場所 37件 / 人物 3名 / 用語 6件 を収録
紀元前後から7世紀頃、現在のメキシコシティ北東約50kmに「テオティワカン(神々が生まれた場所)」と呼ばれる巨大都市が繁栄した。最盛期(5〜6世紀)には人口10万〜20万人に達し、当時の西半球最大の都…
紀元後250〜900年のマヤ「古典期」は、ティカル(グアテマラ)・パレンケ・コパン(ホンジュラス)・チチェン・イツァなど多数の都市国家が競い合う最盛期だった。マヤ人は独自の絵文字(マヤ文字)と二種類の…
800〜900年代に、マヤ南部低地(現グアテマラ・ベリーズ・メキシコ南部)の主要都市が次々と放棄された。石碑の建立が突然止まり、宮殿・神殿が廃墟となった。崩壊の原因については長期旱魃・農業生産の限界・…
9〜12世紀、中央メキシコのトゥーラ(現イダルゴ州)を中心にトルテカ文明が栄えた。戦士の石柱像・トルテカ様式の建築がチチェン・イツァにも波及し、広い影響圏を持った。後のアステカ人はトルテカを文化的先祖…
メシカ族(アステカ人)は1325年、現在のメキシコシティの地にある湖の島に首都テノチティトランを建設した。「鷹がサボテンの上でヘビをくわえている場所に都を建てよ」という神のお告げに従ったとされる。アス…
1428年、テノチティトラン(メシカ)・テスココ・トラコパンの三都市がテパネカ族の支配に対抗して「三国同盟」を結成し、急速に勢力を拡大した。アステカ(メシカ)は「戦争の神ウィツィロポチトリに生贄を捧げ…
1519年11月、エルナン・コルテス率いる約500人のスペイン軍がテノチティトランに入城し、アステカ皇帝モクテスマ2世と対面した。コルテスはモクテスマを人質にとる策略を使った。しかし1520年6月、別…
スペインのコンキスタドール(征服者)エルナン・コルテスは500名余りの兵士を率いて1519年にメキシコに上陸し、アステカ皇帝モクテスマ2世と接触した。コルテスは周辺部族の反アステカ感情を利用して大軍を…
アステカ帝国の滅亡後、コルテスはテノチティトランの廃墟の上にメキシコ市(シウダ・デ・メヒコ)を建設し、「ヌエバ・エスパーニャ(新スペイン)副王領」の首都とした。スペインはエンコミエンダ制で先住民を強制…
ナポレオン戦争でスペインが混乱する中、メキシコでは1810年に神父ミゲル・イダルゴが「ドロレスの叫び」で独立運動を起こした。長い戦争の末、1821年にアグスティン・デ・イトゥルビデが独立宣言を行い、ス…
1968年の第19回メキシコシティー大会。中南米初の開催で、標高2200m超の高地の空気抵抗の少なさから陸上短距離で世界記録が連発された。一方、アメリカの黒人選手達が人種差別に抗議して表彰台で黒い手袋…
1970年の第9回メキシコ大会。通信衛星による初のカラー世界中継が実現し、ワールドカップが真に地球規模のイベントへと変貌した大会。ペレを中心とする攻撃的なブラジル代表は「史上最強チーム」と称され、決勝…
1986年の第13回メキシコ大会。当初のコロンビア開催が経済危機で返上され、メキシコが史上初の2度目の開催国となった(前年のメキシコ大地震を乗り越えての開催)。準々決勝イングランド戦でマラドーナが「神…
2026年の第23回大会。アメリカ・カナダ・メキシコによる史上初の3カ国共同開催で、出場国が32から48に、試合数が104に拡大された史上最大規模のワールドカップ。メキシコは史上初の3度目の開催国とな…