中世
アステカ三国同盟と帝国の拡大
🇲🇽メキシコ・中米
1428年、テノチティトラン(メシカ)・テスココ・トラコパンの三都市がテパネカ族の支配に対抗して「三国同盟」を結成し、急速に勢力を拡大した。アステカ(メシカ)は「戦争の神ウィツィロポチトリに生贄を捧げ続けなければ太陽が滅びる」という宗教的信念のもと、周辺諸族への「花の戦争(花戦争)」を繰り返し、生贄を確保した。最盛期(15世紀末〜16世紀初)には現在のメキシコ中央部から南部にかけて数百万人の人口を支配する帝国となり、コルテス来航時のモクテスマ2世の時代には帝国の最大版図に達していた。