中世
ムラービト朝によるマラケシュ建設
🇲🇦モロッコ
サハラ西部のサンハージャ系ベルベル遊牧民を母体として興ったムラービト朝が、アトラス山脈北麓の平原に軍営都市マラケシュを築いた。建設の年代は史料によって1062年頃から1070年頃まで幅がある。指導者アブー・バクル・ブン・ウマルと、その一族のユースフ・ブン・ターシュフィーンのもとで都市は王朝の首都となり、モロッコからイベリア半島南部、サハラ南縁に及ぶ広い領域を結ぶ拠点となった。1086年にはユースフがイベリア半島に渡り、サグラハス(ザッラーカ)の戦いでカスティーリャ王アルフォンソ6世の軍を破って、レコンキスタの進展を一時押しとどめた。マラケシュは1147年にムワッヒド朝に奪われた後もその首都とされ、以後もモロッコの主要都市の一つであり続けた。「モロッコ」という国名は、この都市名がヨーロッパ諸語に伝わったものに由来するとされる。