Public Domain, Alexander Gardner
近現代1809年 〜 1865年

エイブラハム・リンカーン

別名: リンカーン

アメリカ合衆国第16代大統領(在任1861〜1865年)。1809年2月12日、ケンタッキー州の開拓農民の家に生まれ、インディアナ州・イリノイ州の辺境で育った。学校教育はほとんど受けず独学で法律を修め、弁護士として身を立てながらホイッグ党員としてイリノイ州議会議員、続いて1847年から一期だけ連邦下院議員を務めた。1854年のカンザス・ネブラスカ法を機に政界へ復帰し、奴隷制の新領土への拡大に反対する共和党に加わる。1858年の上院議員選挙でスティーヴン・ダグラスと戦わせた一連の討論(リンカーン・ダグラス論争)で全国的に知られるようになり、1860年の大統領選挙に当選した。その当選を受けて南部諸州が相次いで連邦を離脱し、1861年4月のサムター要塞への砲撃で南北戦争が始まる。リンカーンは連邦の統一維持を第一の目的に掲げて戦争を指導し、1862年9月の予備宣言を経て1863年1月1日に奴隷解放宣言を発した。宣言は反乱状態にある地域の奴隷の解放を宣したもので、連邦にとどまる境界州には及ばなかったが、戦争の目的に奴隷制の廃止を重ね合わせ、黒人部隊の編成にも道を開いた。同年11月のゲティスバーグ国立墓地での演説では「人民の、人民による、人民のための政治」という言葉で連邦と民主政の理念を語った。1864年に再選され、奴隷制を全面的に禁じる憲法修正第13条の議会通過を後押ししたが(1865年12月に成立)、リー将軍降伏の数日後の1865年4月14日、ワシントンのフォード劇場でジョン・ウィルクス・ブースに狙撃され、翌15日に死去した。

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