1835年 〜 1869年
土方歳三
別名: 土方義豊・鬼の副長・ひじかた としぞう
新選組副長。武蔵国多摩郡石田村(現東京都日野市)の豪農・土方義諄の四男に生まれ、近藤勇の試衛館で天然理心流を学び義兄弟の契りを結んだ。新選組では「鬼の副長」と呼ばれ、隊規・粛清・組織運営の中枢を担った。芹沢鴨暗殺、山南敬助切腹、池田屋事件突入隊長、禁門の変での活躍など、新選組の全盛期を組織面で支えた。1868年の鳥羽・伏見の戦い後、近藤勇とともに転戦、近藤処刑後は仙台で榎本武揚と合流、蝦夷地(北海道)に渡り蝦夷共和国(箱館政権)の陸軍奉行並を務めた。1869年6月20日(明治2年5月11日)、箱館戦争の最終局面で一本木関門(現函館市)にて新政府軍の銃弾を受けて戦死(享年34)。死の直前まで一兵卒として最前線に立ち続けた剣客武人として、現代でも絶大な人気を誇る。