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1833年 〜 1877年

木戸孝允

別名: 桂小五郎・木戸準一郎・きど たかよし

長州藩士、明治維新の三傑の一人(西郷隆盛・大久保利通と並ぶ)。元の名は桂小五郎。藩校明倫館で吉田松陰に兵学を学び、剣客(神道無念流免許皆伝)としても知られた。文久年間は江戸藩邸詰めで尊攘派の中心となり、池田屋事件では危うく難を逃れた。八月十八日の政変・禁門の変での長州壊滅後、藩政奪還の中心人物となり、1866年の薩長同盟では長州側代表として坂本龍馬の仲介で西郷隆盛・小松帯刀と密約を結んだ。維新後は参議として五箇条の御誓文起草、版籍奉還・廃藩置県を推進、岩倉使節団副使として欧米視察。漸進主義の立場から征韓論・台湾出兵に反対した。1877年に病没(享年43)。1875年には大久保利通・板垣退助と大阪で会談して政府への復帰に合意し(大阪会議)、立憲政体を段階的に樹立するとした詔の発布につながった。西南戦争のさなかに京都で病没し、死の床で「西郷もいいかげんにしないか」とつぶやいたと伝えられる。詳細な日記『木戸孝允日記』は維新史の重要な史料となっている。

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