1837年 〜 1913年
徳川慶喜
別名: 一橋慶喜・徳川慶喜公・とくがわ よしのぶ
江戸幕府第15代将軍(在職1867-68)、最後の征夷大将軍。水戸藩主徳川斉昭の七男に生まれ、一橋家を相続。将軍継嗣問題では一橋派の中心として紀州慶福(家茂)と争い、安政の大獄で謹慎処分を受けた。1862年の文久の改革で復帰し将軍後見職、1864年から禁裏御守衛総督として京都で公武合体・幕政再建を主導。1866年の家茂死去を受けて将軍就任、フランス公使ロッシュの支援で陸軍式幕政改革を進めた。第二次長州征討の敗勢を受け、1867年11月の大政奉還で政権を朝廷に返上。鳥羽・伏見の戦い(1868年1月)で敗れた直後に大坂城を脱出して江戸に帰還、勝海舟を通じて新政府軍と交渉し、江戸無血開城・恭順を選択した。維新後は静岡で長期隠棲、1902年に公爵となり1913年に76歳で病没。最も長生きした徳川将軍。