1836年 〜 1867年
坂本龍馬
別名: 坂本直柔・才谷梅太郎・さかもと りょうま
土佐藩郷士、幕末の志士。北辰一刀流の剣客として江戸で千葉道場に学び、1862年に脱藩。勝海舟に弟子入りして神戸海軍操練所で航海術を学び、1865年に長崎で日本最初の株式会社的商社「亀山社中」(後の海援隊)を設立した。1866年の薩長同盟では中岡慎太郎とともに薩摩・長州を仲介し、敵対していた両藩を結びつけた。1867年6月、土佐藩参政・後藤象二郎に「船中八策」(公議政体論)を授け、これが大政奉還の青写真となった。同年11月15日、京都・近江屋で中岡慎太郎とともに見廻組(佐々木只三郎ら)に襲撃され暗殺された(享年31)。型破りな自由人としての生涯と早世により、明治期以降「最も人気のある幕末人物」となり、司馬遼太郎『竜馬がゆく』で国民的英雄像が確立した。